古地図で巡る江戸の馬場

江戸の町には市中のあちらこちらに馬場が設けられている。切り絵図をみると緑色で識別されている。今は当時の面影は全くなくビルや住宅になっている。武士の馬術の練習場であった馬場跡を紹介してみます。

御用明地騎射馬場 三番町馬場
江戸切絵図
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江戸時代には火除地や御用明地騎射馬場として使用されていた。また三番町にあったことから、三番町馬場とも呼ばれていた。現在は参道になっている周囲は明治4年から34年まで競馬が行われていた。

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靖国神社参道
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靖国神社
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北方馬場
江戸切絵図
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北方馬場は御成門の前にあった馬場である。現在の御成門は本来あった場所から南の東京プリンスホテルの北側に移されている。御成門とは将軍が増上寺に参詣する時に利用した門であることからいわれている。

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御成門
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御成門中辺り
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溜池馬場
江戸切絵図
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溜池馬場はその名の通り溜池にあった馬場でアメリカ大使館の北側の三会堂ビルディング辺りのあった馬場である。溜池は江戸時代の始め作られた外堀兼用の上水源であった。玉川上水が出来ると上水としての役割も終わり、埋め立てが進んだ。元禄の頃から町屋や武家屋敷が建てられ、馬場も置かれた。

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左側が馬場跡
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右側が馬場跡
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尾張殿馬場
江戸切絵図
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現在は防衛省となっている尾張徳川家の上屋敷の西側にこの尾張殿馬場はあった。馬場のあった辺りは外苑東通りとなっているようである。尾張徳川家屋敷跡は戦前は陸軍士官学校、戦後は市ヶ谷駐屯地が置かれていた。三島由紀夫が自決した場所としても知られている。

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右側が馬場跡
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道路(外苑東通)となっている馬場跡
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桜の馬場
江戸切絵図
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桜の馬場は御茶ノ水馬場ともいい、馬場の左右に桜もみじの大木があったと言う。江戸末の切絵図では江川太郎左エ門掛鉄砲鋳場となっている。1875(明治8)年に設立されたお茶の水女子大学の前身である東京女子師範学校があった。現在は東京医科歯科大学になっている。

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中央奥の木の茂っている辺り
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東京医科歯科大学構内
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