沖縄の馬場3

平良真地
首里から浦添に向かう宿道を「大名界隈歴史マップ」の看板のある四つ角で北西に方角を変え、やや曲がった道を進むと急に広い東西の直線の道に出会う。テーラ馬場(ウマイー)と呼ばれる平良真地である。ここは王府直轄の馬場で全長2.55町(約278m) 幅10間(約18m)の大きさがある。平良真地は1695年尚貞王によって開場されている。馬場の南側には琉球八社の一つである、末吉宮がある。昭和初期の平良真地では中頭と島尻の代表馬による大競馬が開かれていた。また、10月20日の沖縄神社祭の奉納競馬や全県大会の舞台ともなっていた。

平良真地跡
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平良真地跡
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解説文
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解説文より
馬の調教及び競馬場跡。
琉球・沖縄における競馬は、「馬勝負(ンマスーブ)」・「馬揃い(ンマズリー)」といい、前後の足を同時に、左右交互に繰り出すのを特徴とした(「側対歩(アシクマスン)」)。また、馬具の華やかさ、乗り手の凛々しさなどが勝負の対象となった。平良真地は、「平良馬追い(テーランマイー)」ともいい、識名真地(シチナマージ)(馬場)とともに琉球王国の二大馬場であった。1695年、首里の北、西原間切平村(良にしはらまぎりたいらむら)(現那覇市首里平良町)の西に地を定め、設置された。長さは約300mにも及ぶ直線で、幅は約15m程あったという。馬場のほぼ中央には、国王が競馬を見物する「御桟敷(ウサンシチ)」があり、東端には、馬を水浴びさせる「馬浴せ小堀(ンマアミセクムイ)」があった。また、馬場の両側は松並木であった。平良真地は、1897年(明治12)の沖縄県設置(琉球処分)以降は、ほとんど使われなくなったが、1924年(大正13)、首里城に沖縄神社が置かれて以来、10月20日の神社例祭日に奉納競馬が行われた。この日は、沖縄本島中・南部から馬愛好家が守礼門側の記念運動場(現首里城レストセンター一帯)に集まり、色とりどりの馬具で飾り立てた馬に、勇ましい若者が乗り、200頭余りが2列に並んで、平良真地まで行進した。その行列は、例祭の一大イベントで、壮観であったという。また、馬場では、午前10時頃から午後4時頃まで競馬が行われ、多くの見物客が訪れたという。1941年(昭和16)の日米開戦の影響により、平良真地での競馬は中止となり、周囲の松も、陣地壕構築のため切り倒され、馬場は掘り起こされて畑となった。沖縄戦後、一帯は住宅地となったが、幅広く、まっすぐに延びた道路が、往時の姿をとどめている。

松崎馬場
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龍譚通りにある中城御殿跡前の龍譚池の東側に解説文のある石柱が建てられている。その脇の南北の道が浦添に至る西海道である。松崎馬場跡は沖縄県立芸術大学敷地の西側になる。
上記の四角い緑の図が松崎馬場跡の位置ですが個人的な推定図です。            グーグルマップより

首里城と龍潭池
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西海道
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解説文
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解説文より
首里城から浦添(うらそえ)方面に至る街道の一部及び広場の名称。龍潭(りゅうたん)に突き出した一帯には松が植えられ、そこから松崎と名付けられた。1801年に、この地(現沖縄県立芸術大学敷地)に「国学(こくがく)」(琉球王国の最高学府)が置かれた際、松崎前の条路に木々が植えられ、この一帯が整備された。中国から冊封使(さっぷうし)が来琉した際には、この地で「重陽宴(ちょうようえん)」が開かれ、爬龍船競漕(はりゅうせんきょうそう)見物のため桟敷席(さじきせき)が設けられた。1989年(平成元)に「国学」及び「首里孔子廟(こうしびょう)」(1837年設置)の石垣が確認され、県の指定文化財(史跡)となった。

崎山馬場
「崎山馬場」は王家御用の馬場で、東西約200m延びる道路では馬術訓練などが行われていた。 東側をウマウィーヌカラジ(馬追の頭)、西側をウマウィーヌチビ(馬追の尻)と呼んでいた。現在の崎山町公民館がある一帯は、国王が馬術訓練の様子や崎山村の綱引きを見物する際に御桟敷(ウサンシチ)が設けられた。崎山村、赤田村、鳥小堀(トゥンジュムイ)村(現在の首里鳥堀町)は、首里三箇(しゅりさんか)と呼ばれ、王府時代から庶民の町として栄えた。特に廃藩置県(1879年)以降は、泡盛作りが盛んに行われ、県下にその名を轟かせました。馬場の脇には泡盛蔵元の瑞泉酒造がある。崎山ではこの馬場を利用して綱引きを行っていた。

崎山馬場跡
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崎山馬場跡
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解説文
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崎山馬場御桟敷跡(さきやまばばウサンシチあと)
崎山は首里八景の中で「崎山竹籬(さきやまちくり)」と題して詠まれ、竹に囲まれた家々のたたずまいに、ひなびた村も趣がうかがえました。村の中には王家御用の馬場「崎山馬場」が東西に延び、馬術訓練が行なわれました。その様子をご覧になるため、王様がお出ましになる時、この辺りが御桟敷(ウサンシチ)となりました。
歴史散歩の道 ”ヒジガービラまーい”
那覇市教育委員会 平成6年(1994年)3月設置<

琉球の馬場一覧 地図

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