テーマ:馬場

古地図で巡る江戸の馬場3

十番馬場 江戸切絵図 享保14年(1729 )芝にあった馬場が一の橋に移転し十番馬場ができた。仙台駒の市も開かれ馬方の宿や茶屋ができ、また麻布山善福寺の門前町として発展し大いにこの付近は賑わった。明治になると十番馬場は廃止された。 十番馬場跡付近 十番馬場のあった場所は現在東麻布となっており、麻布十番は一の橋…
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古地図で巡る江戸の馬場2

堀田原馬場 江戸切絵図 江戸の頃、勧進大相撲が行われた蔵前八幡の西側の浅草堀田原にこの馬場はあった。切り絵図では八幡宮となっている、現在の蔵前神社の裏手に当たる場所である。北側には切り絵図にある榧寺がある。現在の住所で言うと蔵前3-15及び19、寿3-5付近が相当すると思う。 堀田原馬場跡付近 蔵前神…
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古地図で巡る江戸の馬場

江戸の町には市中のあちらこちらに馬場が設けられている。切り絵図をみると緑色で識別されている。今は当時の面影は全くなくビルや住宅になっている。武士の馬術の練習場であった馬場跡を紹介してみます。 御用明地騎射馬場 三番町馬場 江戸切絵図 江戸時代には火除地や御用明地騎射馬場として使用されていた。また三番町にあったことから、…
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沖縄の馬場一覧

琉球の馬場一覧 沖縄の馬場 地図 北部 板敷道    大宜味村 兼久仲道馬場 大宜味村塩屋 大宜味電話交換所南側 仲原馬場   今帰仁 今帰仁小学校前 親泊馬場   今帰仁 今泊 天底馬場   今帰仁 天底 天底小西隣 天底公民館裏 馬場(有馬原) 本部町具志堅 座覇商店の東側 松田馬場…
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沖縄の馬場5

 豊見城の馬場 翁長馬場 沖縄県豊見城市翁長にある翁長馬場跡は現在「翁長共同利用施設」となっている。馬場跡の広場は恐らく当時そのままと思われる。翁長は大渡海岸に上陸したジョン万次郎 (万次郎へのみち へ)が半年の間一時留め置かれた場所である。これを記念してここには記念碑が建てられている。残念ながら馬場跡の碑は無い。 翁…
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沖縄の馬場4

琉球競馬  沖縄県内には戦前200近くの馬場があったといわれている。ここでは那覇以外の馬場を紹介しようと思う。琉球競馬は農村の娯楽として戦前まで沖縄各地で行われていた。馬場としての使命を終えてしまったが農村公園、馬場公園、児童公園、公民館の広場、道路、駐車場、学校の校庭などに姿を変えている。競馬開催の時期は地域によって色々とあった様で…
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沖縄の馬場3

平良真地 首里から浦添に向かう宿道を「大名界隈歴史マップ」の看板のある四つ角で北西に方角を変え、やや曲がった道を進むと急に広い東西の直線の道に出会う。テーラ馬場(ウマイー)と呼ばれる平良真地である。ここは王府直轄の馬場で全長2.55町(約278m) 幅10間(約18m)の大きさがある。平良真地は1695年尚貞王によって開場されている。…
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沖縄の馬場2

古波蔵馬場 馬場は城岳小学校前にあり、通りは「城岳馬場通り」という。18世紀後半作成の「琉球惣絵図」に載っており、王朝時代に開場している。ガジュマル脇にある馬の石像は実物大であると説明があるが信じられない位小さい物である。当時の在来馬は現在の馬に比べると小さかったのは分かるが本当にこの大きさであったのだろうか。これに人が乗れるのか疑っ…
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沖縄の馬場

琉球競馬 琉球競馬とは近代競馬とは異なり速さだけではなく、馬の姿勢の美しさを競うものであったと言う。小型の沖縄在来馬を用いて直線走路を2頭が競う方式であった。右前脚と右後脚、左前脚と左後脚を同時に動かす「側対歩」で移動しながら速さと美しさを競ったのであった。スケートで例えるとスピードスケートとフィギャーの違いであろうか。そんな琉球競馬…
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