ペリー

ペリー提督はアメリカの海軍軍人で1853年7月(嘉永6年6月)日本を開国させようと東インド艦隊を率いて浦賀に来航し大統領の親書を幕府に提出した。翌年江戸湾に再び来航し横浜で日米和親条約を結んだ事は良く知られているが浦賀に来る前に実は沖縄にも立ち寄っている。那覇市の小禄にはペリーと言い慣わしている地域が今でも残っている。始めて沖縄に行った時、那覇市内で行き先にペリーと書かれたバスが走っており随分変な地名だと思っていた。地図で小禄の何処を探してもこのペリーの地名は見あたらない。どうも通称名のようである。ただ、小禄の山下町にはペリーアパートやペリー保育園、ペリー医院、ペリー美容院などが密集している。どうもこのあたりがペリーらしい戦後、山下の町名が山下奉文中将を連想させることからペリーに改称されたという事で現在は元の山下町に戻っている。ただここはペリーの上陸地という訳ではなく、どういうゆかりでペリーと名付けられたかは今のところ不明である。なお、ペリーの上陸地は泊北岸で現在「泊外人墓地」内に「ペルリ提督上陸の地」の記念碑がある。
「ペルリ提督上陸の地」の記念碑  那覇市泊

泊外人墓地 那覇市泊

ペリーアパートやペリー保育園 山下町

ペリー医院 山下町

ペリー上陸記念碑 浦賀ペリー公園

ペリー像 ペリー公園内

ペリー上陸の碑 下田

開港地看板 下田

日米和親条約締結の地碑 横浜

ペリー提督来航記念碑 函館

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